3連休最終日の昼下がり、明日からの現実逃避で書くおもしろくもない記事です。
2020年は、個人的に無駄だと思ったものがコロナによって省かれてQoLは上がったものの、全体的に熱量なくただ生きていただけの年だった。
2020年の序盤(1-2月)はここぞとばかりに遊んだ最高の期間だった。
2019年の8月から戦っていたマッチ酸 et al.処女論文が2019の年の瀬ギリギリにアクセプト(皆さま引用お願いします)され、CDJを満喫してから始まった2020年は最高のスタートダッシュがきれたと思う。この時点で修論もほとんど終わっていたので(というか修論より日本学生支援機構の奨学金免除書類の方が精神的にキツかった)。
そのおかげで1月は毎週ハロコンを楽しめた。ハロプロのアイドル全員が集い、通路で踊るハロメンを間近で見られるハロコンはハロプロコンテンツの中で最も僕が好きなコンテンツなのでコロナ前にこれを満喫できたのは幸運でしたね。2020年12月に卒業してしまった船木結が真ん前に表れて一緒に眼鏡の男の子 / BEYOOOOONDSを一緒に踊れたのは良き思い出です(一切目を合わせてくれなかったのも含めて)。
そんなこんなで1月が終わり修論・修論発表もサクっと終わらせて過剰オタク月間2月に突入する。コロナで規制がかかる前にド暇期間が生成したのは不幸中の幸い。
2/8 J=J
2/9 J=J
2/13-17 九州旅行
13 鹿児島
14 鹿児島->博多
15 ハロコン
16 ハロコン->ソープ(中洲は神)
2/22 つばき→アンジュルム
2/24 石原夏織ライブ
とここぞとばかりに楽しんだ。この頃に戻りたい(懐古厨)。あと適当なタイミングでマッチ酸 et al.の2報目のクソ論文がひょっこりアクセプトされて満足した。
そして3月。このあたりから規制が厳しくなったような。前半はつくばへの引っ越し対応で書類関係でADHD発動しまくりつつもこなして、先方には3月後半に引っ越します(嘘)といってまったりライフを過ごしていた。
4月からは残酷ながらも当然のように研究生活が再開してしまった。特殊な事情により2つのラボに所属する形態になっており、慣れるまで大変だった。そもそも修士から研究室を変更したことにより、また新しい分野の知識をつけるところから始めなきゃいけない。そんな中、学振の書類も書かないといけなくて本当につらかった。あと修士時代のラボとの文化の違いへの適応も大変だった。修士時代は、勉強会や論文紹介もほとんどなく、進捗を先生に聞かれることもない弛みきった環境の中過ごしてきたので、何の変哲もない輪講・論文紹介等で普通に疲弊した(ゴミ学生)。今の所属が学生僕一人しかいないので輪講の担当が全部僕だったのもあるが。
そんなこんなで4-5月は新しい環境に慣れつつ、論文読み漁りながら学振書きつつの日々。ただでさえ学振執筆はしんどいのによく頑張ったよ自分(自画自賛)。また、修士時代の論文の査読対応もありこの時期は死にそうだった。これに関しては修士時代の最後で遊び散らかしてた自分を恨みますね。あと新年度・新入生特有の大量の書類にもレイプされ、毎回ADSLを発動していて自己嫌悪しまくって相当しんどかった記憶がある。
6月中旬まで書類作成やらに追われていた。そして学振提出して3日後にマッチ酸 et al.論文がアクセプトされて嬉しいような悲しいような気持ちになった。6月中旬からは、研究環境の構築にようやく着手しはじめたが、普段使ってるスパコンとは仕様が違うスパコンに苦戦しまくって死にたくなる日々だった。1ヶ月くらいかかったような。1ヶ月かけても性能あんまりでないまま現在に至り悲しみ。
7月は人生初のPC自作を行った。政府から10万円、学生への給付金として10万円、ライブチケットの返金分で実質無料でPCを組めたのでコロナに感謝している。おうちに16コアCPUがあるおかげで副業も研究も捗りまくっているので最高の投資でした。
7月下旬になってようやく研究がスタート。運がいいことに割と初っ端が手ごたえを感じていた矢先に、○エツ大学院のプログラムにより企業に飛ばされて、時給200円で研究できる素晴らしい経験をしてきた。運が悪いことにこの時期はコロナ君の仕事ぶりが悪く、片道3時間半かかる某所まで通わされていた。間違いなく人生で一番つらかった。これが10月中旬まで続いた。この時期は何もしていないのに涙が出てきたりしたので本当に良い経験ができたと思う。
10月中旬からは自分の研究を再開。ここまで奴隷労働をさせられていたことや学振が通ったこともありこの時期の研究モチベは激高だった(このモチベ戻ってきて)。世間もコロナに寛容になったので12月まで週末オタク・過剰研究スタイルを満喫した。ここまで締め付けられていたのもあり、割と楽しかった。
12月からは研究よりもオタク活動の方が楽しくなり(本業を忘れるな)、週休3日にしてさらにオタク活動に専念した。
中でも船木結と宮本佳林の卒業公演を無事に見られたのは本当に良かった。コロナ禍じゃない場合、この時期は○エツ大学院のプログラムで僻地に隔離され、クソワークショップや研究発表をやらされる。幸いコロナウイルス様のおかげでオンライン開催になったので、推しメン2人の卒業公演に無事参加できた。コロナには感謝してもしきれない。2021年もほどほどに頼みます。
そして、年末年始を経て休み気分が抜けないまま現在に至る。
体感でもわかっていたが、文字に起こしてみると2020年は研究に対するモチベが湧いてる期間が短く、ただ淡々とこなしているだけだった。今思うと修士時代のときのような研究に対する熱量がどこから湧いていたのか疑問だ。正直なところ年々学問に対するモチベーションが減っていくのを感じている。修士時代では自分の専門外の勉強に対してモチベーションが激減し、D1になった今は研究そのものに対するモチベーションまで減ってしまっているように思う。博士学生って研究大好きで然るべきなイメージがあるから、こういうことを言うと怒られそうだけど事実だから仕方ないよね。他のD学生の皆さんの胸中はどんな感じなんだろう。僕はそんな中、このツイートが流れてきて死んじゃいました。
新卒の時に上司に言われた「20代は劣等感をエネルギーに変えれる人が強い。30過ぎてからは好奇心を維持出来る人が強い」というの、金言だと思ってる。
— Koyo Aoyagi (@KoyoAoyagi) January 7, 2021
まぁ無理やり自分を奮い立たせる能力は備わっていないので2021年もノラリクラリと生きていこう。